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| 高崎-(新宿)-池袋(ホテルメトロポリタン)/池袋-上野-成田-銚子-東京-高崎/食事/ |
雑記 |
荷物1泊2日って事で荷物は少なかったが、2日目が手荷物のみで行動したためバッグは2つ。
調子駅前の数件の店で購入。名物になった「濡れ煎餅」が2箱と3袋。他にいわしの加工品などを買った。

切符切符は5枚で、高崎−山手線内の乗車券以外の4枚は貰ってきた。都内移動は とSFメトロカードを使用。行きも高崎-調子間で発券しようとしたのだが、東北線-常磐線は日暮里接続しかルートとして設定できないと言うことで、東京で切符が分割になった。



駅西側の構造物で公園のようななっているが、駅側から見ると高架橋だということが分かる。一般の人は分からないが、鉄道ファンにはこれが成田新幹線のために作られたものだとわかる。長さはわずか50mほどで、ここだけ高架路盤を作ってあるのか謎。しかも既存の成田駅の地上ホームと橋上駅とどうやって繋ぐつもりだったのか不思議。
成田新幹線というのは、東京駅と成田空港を結ぶ予定で、東北(盛岡以南)・上越新幹線と共に建設が決まったものの、成田闘争や用地買収の難航で、幻と消えた新幹線。完成していれば東京駅と成田空港を結ぶはずだった。先行して建設された成田空港駅と空港付近の路盤は成田空港高速鉄道として整備され、JR東日本と京成電鉄が乗り入れ、東京駅地下ホームは京葉線に転用されたことは知っていたが、そのほかの区間でも建設・転用されている区間があることは知らなかった。
2日間の日程で乗ったJR車両8本のうち、 以外は全てJR化後の車両で、JR化から20年経って、車輌の世代交代がすすでいることを実感した。更に、 以外は「走るんです」と言われる209系に始まった「価格半分重量半分寿命半分」として設計された一族だった。JR東日本-特に首都圏が「走るんです」に制圧されるのも時間の問題になってきた。
2日目の乗り歩きは手荷物だけで行動するため、必要のない荷物を東京駅八重洲中央口近くのコインロッカーに入れていた。夕方東京駅に戻って夕食を食べてから荷物を回収しようとしたらコインロッカーが見つからなくなってしまった。
八重洲中央口の近くのコインロッカーに入れたと覚えていたのだが、番号がまったく違う。周辺や地下1階フロアのロッカーも確認したが該当するものがない。偶然担当者が来てくれた事もあったが、コインロッカーが二業者あって、もう一方については分からないとの事。改札内も確認して、コインロッカーの配置図を見つけたのだが、該当する番号が載っていない。
小一時間探して途方にくれていたら、偶然コインロッカーが見つかった。場所は八重洲地下街の中で、八重洲中央口の真下だった。八重洲地下改札口は地下街の中にあるのだが、八重洲中央口の大階段の手前に駅関係の施設があり、その奥にコインロッカーもあった。八重洲地下改札口の周辺は調べたが、地下街は死角になっていた。しかも荷物を持って通路に出たら、正面に夕食を食べた「中国ラーメン揚州商人」が目の前にあったときには泣きたかった。
このトラブルで予定していた「Maxとき349号」に乗れなくなってしまい、帰宅が1時間遅れることのなった。東京駅へ行く機会が少ない上、コインロッカーを使うことはほとんどないとはいえ、鉄道ファンが東京駅の配置を把握していなかったと言うのは情けない。
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